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ゆがみとひずみ
仮名で書くとわかるのだけど漢字にしてしまったらどちらも『歪み』。
送り仮名まで一緒という何とも困った言葉です。
ちなみに英語で言ってもどちらも同じ言葉になります、『distortion』。
漢字でも英語でも同じと言う事は、どちらもたいした違いではないと言う事になるのでしょうか。
でも、響きから受ける印象では『ゆがみ』だと映像的な、『ひずみ』だと目に見えない音的なものという風に感じます。
なんでこんな事を書くのかと言えば、ギター用の『distortion effect』を『ゆがみ』と言っているのを聞いたから何ですけど、何かもの凄い違和感を感じてしまって・・・。
私の意見では『distortion effect』は『ひずみ』だと思うのですけど、『ゆがみ』と言ってしまうとそれは『リングモジュレーター』とかめっちゃ深く掛けた『フランジャー』とかになってしまうイメージです。
まぁどうでもいいかもしれない話ですが・・・。
おっと2月になっちまった。iPod touchも容量が増えましたね。
今年もぼちぼちと書いていくペースのつもりが新年一発目が2月に入ってからなんて、あうあう。
どうでも良いことでも何か書きゃ〜良いんですけどね。
ついつい。
ところでiPod touchに32GBタイプが出ましたね。
32GBあれば何かと便利かなと思うのですが、高いっすね。¥59,800、ん〜〜普通と言えば普通か。
昔はPalmもそんな値段していたしな。
じつはtouchが欲しいかもと思い始めている所です。
palmが繋がらなくなってしまって、PowerBook経由で使っているんですよね。
それが何とも不便で仕方がないのです。
SDKも配布されることだし、これからtouchのアプリも色々出て来るかもしれない。
FileMakerと連携するアプリも期待出来るかもしれないし、それが出なくてもスプレッドシート形式のメモパッドとか出てくれればそれでOKですから。
まぁそれでなくともOfficeと連携出来るソフトは出るでしょうね。
急いでいるわけではないので今すぐ購入ってことはないのですが、そう遠くない将来には買うと思います。
でも・・・他にも欲しいのがいっぱいですわ・・・。
まずは停まらないといけない、と思うのだけどな。
今日仕事に向かういつも通る道を走っていたら事故が起きていました。
状況から察するに交差点での出会い頭の衝突のようですが、道の太さは同じくらいの四つ角で東西がメインで南北には『とまれ』の標識がある交差点です。
まぁきっとその『停まれ』の標識を無視した車に突っ込んだようなのですが・・・。
田畑の真ん中見通しのむっちゃ良い場所なのです。何故にこういう事故が起きるのかとても不思議です。
『コイツヤバい!』っていうのは見ていれば何となくわかるものですから、自分の方が優先でもブレーキを踏めばすむ話ですよね。
でもこの道、『停まれ』を無視する人がめっちゃ多いですよ〜、見通しが良いですからね。
さてエントリータイトルに戻ります。
私は必ず停まります。
たとえ見通しがよくても停まらない癖をつけてしまったら本当にヤバい時にも停まらなくなる気がするからです。
停まらない癖をつけてしまった人が上に書いたように事故を起こすのだと思っています。
そして停まってから左右を見て安全確認。
まぁ余裕をもって運転した方が良いんじゃない?って話でした。
歌詞に引っ張られるメロディー・・・。
ちょっとでも書けばいいものをついさぼって随分間を空けてしまいました。
ちょこっとでも書けば私の存在確認にもなるようなので出来るだけ書いていくようにしなくちゃですね。
で今夜はこのところ考えているお話です。
私は音楽を聴くときほとんど歌詞を聞いていません、言葉として耳に入って来てはいますが内容を理解するとか歌詞に聞き入るとかいうのはほとんどありません。
じゃぁ何を聞いているのかと言えばメロディーを聴いているのだと思います。
音楽ですからねそりゃーメロディーが一番大事でしょう。
でもだからと言って歌詞はどうでもいいなんて事は思いません、しょうもない事ばかり歌われてもどうしようもないですものね。
最近の事ですがコンビニで買い物をしている時に掛かっていた曲を聞くともなしに聴いていたのですが・・・『なんだこのメロディー??』ってのがあったんです。
コンビニですから有線かと思うのですが有線で掛かるという事はそれなりにプロモーションが行われている曲ですよね??。
あまりにひどいメロディーでビックリしたのですよ。
どうも聞いていると歌詞に引っ張られてメロディーが出来上がっているような感じでしたのですが、それにしても稚拙なメロディーでした。
いいんですかそんなんで?
まがりなりにも音楽でしょう??、こんなにメロディーがないがしろにされていいものなのかもの凄く疑問を感じてしまったのですよ。
最近歌に関して思う事があるのです。
色々意見が合ってもいいと思いますが、歌い手はメッセンジャーではないと思います。
表現者なのだと思うのです。
そこら辺から思うに歌い手は役者と一緒だと最近思うのです。
演技プランを立てて演技するのと同じように歌唱プランを立ててそれに沿って表現するのが歌い手なのではなかろうかと。
楽器のプレイヤーも同じですよね、どう表現するかを考えて演奏するのですから。
感情を込めて歌えばいいというわけではないと思います。
感情だけを込められた歌は聞きづらいのです、オーバーな感情が邪魔になって伝えたい事も伝えられなくなってしまいがちになってしまう気がします。
でもそれがいいという人もいるでしょうけど。
言いたい事をダ〜とがなり立てるだけなら適当な音楽をバックに朗読すればいいのではないでしょうか、そこに表現手段としてのきっちりしたメロディーが無いのですから。
でもそれは音楽ではないですよね
まぁ私のこの意見も極論だとは思いますが。

